DAWN

女性とアート (1)


2018年。急激に認識を変えざる得ないことが世界中で起こっている。
いつ何が起こっても不思議じゃないムード。
今を生きる、というような言葉もよく聞くようになった。
アートは”今”を充実させるアイテムとしてインテリアの一部になってきている。
そもそもインテリアの世界も結構マニアックな世界だったのに、今はイームズくらい誰でも知っている。
そんな時流に乗ってアートも大衆的なものになっているように思う。
今はプロダクトとして受け入れられているアートも、その真意を大衆が理解するとなると
価値を物質に置き換える時代がいよいよ終わるような気がする。
僕が見ている世界はこんな感じだ。

女性とアート。
僕の好きな女性アーティストは表現方法がシンプルで超自然的な作品が多い。
冷蔵庫の残りでどれほど美味しい料理を作れるか、という考え方と似ている。
何を作るか、ではなく、何ができるか、という視点。
マルセル・デュシャンが見た芸術の未来は多分こんな具合だったのではないだろうか。
誰でもできることでどれほど表現できるのか、とまで削がれた世界。
それでも革新的な表現ができることに変わりはない。
むしろ誤魔化しが効かない。
最近では台湾のアーティスト、シャロルの表現は革新的だった。
全てセルフィー。アイデアも内容もカッコイイ。
まさに誰でもできることで自分を余すことなく表現している。
彼女は肉体をオブジェクトとして認識しているのではないかと思う。
自分は精神の中にいて、肉体を楽しんでいるような感じだ。
その楽しみ方がカッコイイ。パンク。ピュア。
きっと彼女はジェンダーフリーやバイセクシャルという言葉の先にある概念を体現していて
これからの時代に愛されるのではなかろうか。

日本でも展覧会があるようなので、ぜひ足を運んで欲しい。
次回も女性とアートについて掘り下げてみようと思う。