DAWN

アートについて

美術について

美術を語るときにいつもお金に変換する話が主軸にある。
人は継承や伝達をしていくために表現を用いる。
それらは個人レベルでの取引が日常的に行なわれており金銭には変えられない範囲にまで及ぶため、美術の話は 「アートとデザインの違い」のような概念の話に発展しやすい傾向にある。
表現の言語化は資本主義社会の構造体が原因にあるため、ハードは増殖と結合を繰り返しながらソフトを残し続けている。
実際は「残り続ける表現」ということが美術である。
つまり美術は人に対してどのような影響を及ぼし続けているのかを考えるほうが本質的な美術の話であると思う。
美術家はそこに向き合うことに転倒することが役割であるため、言語化をして美術家を残し続けることが美術に対する「社会の役割」として現代まで人の中に無意識的に存在し続けている。
一体、美術が人に及ぼしている影響は何なのか。そこに気づくためには身体における影響を無意識的に表現する工程を綿密に組み、体現して実感するほかないと思う。
その結果生まれた表現は人にとって無意識的影響であるため自然と残り続けている。
美術に触れていることの価値が意識的に認知できるようになるには死の先の話である。
今は感覚に身をゆだねて意識から自分を遠ざけ美術の影響を感じるほかないのである。
現代においてハードが増殖し続ければ個人単位の取引も当たり前に増殖する。
その取引が資本で行われている時代に生まれ、社会はお金を使って美術を残すことに従事している。
資本主義が変わったら美術はどのように残り続けるのか。
僕は未来が楽しみだ。